赤江瀑

 決してメジャーな作家ではなく名前を知らないひとも多いのに、熱狂的なファンがいて文壇での評価はすこぶる高いいわゆる玄人好みの小説家。それが赤江瀑である。
 泉鏡花賞を受賞したように、暗いエロチシズム、屈折した心の闇、どこか血のにおいがする妖気漂う世界、など泉鏡花、谷崎潤一郎、三島由紀夫の流れにある作家だといえよう。何よりも、非情なまでに研ぎ澄まされ、無駄を一切そぎ落とした怖ろしいまでに昇華した文体が赤江の最大の武器であり、同じく文章力でいえば昭和において右に出るものはいないとわたしが信じる三島由紀夫に最も近い現代作家だと思っている。作家から尊敬される作家といわれる所以は、そこにあるのだろう。

 もちろん赤江瀑はわたしの数少ないお気に入りの現代作家のひとりだが、寡作で特にこの数年新作を聞かないなあと思い油断していたら、3年前に短編集が発刊されていることに気が付いた。高いので文庫になるまで待つか?と思ったりするのだが、おそらく衝動的に買ってしまうだろう。いわゆるアマゾン現象というやつである(w

 赤江瀑?知らないなあ。。。と思う方は「オイディプスの刃」の原作だといえばわかるかもしれない。わたしは短編のほうが好きなので、何が良い?と聞かれたら文庫で出ている短編集をお奨めするが。

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パフューム

 「パフューム」という映画に興味を持っている。製作ドイツということでハリウッドに食傷気味でデカダンスが好きなわたしにはぴったり。いずれ観るつもりだが、この原作「ある人殺しの物語」という小説、ベストセラーとのことだが、まったく知らず当然読んでない。これは読まねば、とアマゾンで注文した。この手の幻想文学は大好きである。

 わたしは物語だけを読ませる小説は余り好きではない。昔、芥川と谷崎が論争になったことがあるが、筋のない小説をことさらに賞賛するわけではないが、筋だけで読ませる小説は嫌いである。特に誰とは言わないが、現代のベストセラー作家でも、物語は確かに感動的で泣かせるが、ただそれだけ、だったら映画で観ればええやん、というような小説家は結構いる。逆に言えば、そういう小説は映像化しやすいので映画やドラマになることが多い。わたしは「映像化不可能!」と言われるような小説が好みなのである。比較的新しい作家では町田康、かなり前になるが巨匠安倍公房等々。「ある人殺しの物語」はそんな小説のひとつだと思って楽しみにしている。そういえば「ベロニカは死ぬことにした」が結構好きだったが、映像化されてがっかりした覚えがある。フィリップ・K・ディックもかなり映画化されているが、映画と小説は別物になっている。「ブレードランナー」は大好きな映画だが、映画として評価しているだけでディックワールドを表現したとは言い難い。

 「ある人殺しの物語」。楽しみである。

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純文学にはまる

 わたしが純文学にのめりこんだのは高校生の頃からだ。中学まではSFやミステリーなどエンターテイメントばかり読んでいた。なぜか理由はわからないが、高校生の頃に実家の神戸から東京に出ていて下宿生活を送っていたときに、純文学にどっぷりとはまった。
 おそらく人生で最も本を読んだ3年間だったと思う。当時の日記を読み返すと、夏休みには一日に1冊以上読んでいた。下宿していた家に内外問わず多くの文学全集があったこと、阿佐ヶ谷の近所に貸本屋があって文学が充実してたこと、それから住み慣れない東京で友人がおらず、スポーツも外での遊びも一切興味がなく家に閉じこもるのが好きだった自分の性格にもよる。
 このころ日本文学はいわゆる明治大正昭和初期の文豪たちを片っ端から読んだ。芥川龍之介、森鴎外、夏目漱石、志賀直哉、太宰治、三島由紀夫、川端康成、梶井基次郎…。
 海外文学は、ロシアとフランス文学が好きだった。ドストエフスキー、チェーホフ、カミュ、カフカ、モーパッサン、スタンダール、バルザック、フロベール…。
 詩人も好きで、日本だと萩原朔太郎と中原中也、外国だとボードレエル、ランボー、キーツを好んだ。
 しかし何と言っても、圧倒的な影響を受けたのは芥川龍之介である。当時古本屋で全集を買ってどっぷりとはまったわたしは、ここまでの人生において何度か全集を買い換え、何度も読み返していて、そんな作家は彼以外にいない。何が好きかと言われると困ってしまうのだが、落語の小話のような機知と面白さ満載の前期、神経症的な憂感が支配して話らしい話もなく展開する後期、両方とも大好きである。何よりも、短編作家であるところがわたしの好みにあっていたようだ。ドストエフスキーも好きなのだが、彼のような大長編作家を好みのは珍しくて、長くても文庫本1冊に収まるくらいの作品しかわたしは普通読まない。でも本当に好きなのは、センス溢れる小品、傑作よりも佳作と呼ばれるタイプの短編小説なんである。
 好みの短編作家としては、日本では太宰や志賀直哉、梶井基次郎、外国ではモーパッサン、チェーホフというところ。芥川を例外とすれば梶井基次郎と志賀直哉の作品は数は少ないけれども今も大好きである。
 
 芥川にその他の作家については機をみてまた語ってみたい。
 

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国産SFにはまる

 1970年代は国産SFの黄金期だったと言えよう。
 もともとSFそのものはヴェルヌでありボークトでありクラークであり、少年時代から大好きで読んではいたが、中坊のころに星新一と出会ってから、国産SFにどっぷりとはまってしまい、まったく洋物を読まない時期があった。星新一のショートショートを読み尽くした後は、筒井康隆、小松左京、豊田有恒、平井和正、眉村卓、半村良…数えるときりがないくらいのSF作家の本を読みまくった。SFマガジンという月刊誌を読んでいることはわたしたちの友人同士では暗黙の了解だったほどだ。
 この時代は、漫画やテレビアニメにもSFが台頭してきた時代で、それまでは巨人の星やあしたのジョーやアタックNO1だったところに、「宇宙戦艦ヤマト」が登場して視聴者はみなぶっとんだ。巨匠手塚治虫は別格としても、石森章太郎、松本零士、諸星大二郎等々、少年少女を問わずSFが題材として取り上げられることが多くなった。
 
 そんな中で、わたしが最も影響を受けた作家のひとりが平井和正である。特に「ウルフガイ」のシリーズは大好きで新刊が出ると即日買って読んだ。このシリーズには少年犬神明を主人公とするものと、アダルトな探偵犬神明を主人公とするものがあったが、どちらもわたしは大好きだった。まだ子供だったわたしには、濡れ場シーンの描写はどきつかったが、大人への扉の前に立つ少年としてはそれもまた魅力のひとつだったのだろう。
 また小松左京も好きだった。大ベストセラー「日本沈没」で一躍有名になったが、このひとの小説の構成力や文才は松本清張クラスだとわたしは思っている。社会派SFが得意だったが、個人的には「復活の日」が最も好きな小説である。
 筒井康隆に関しては今さら言うまでもない。当時から現在にいたるまで、わたしが大好きな数少ない作家のひとり。国産SF黄金時代にはまだ新人っぽい初々しさがあったが、独特のブラックユーモアとドタバタを全面に出した作風は当時から存在した。そして、ジュブナイルSFのジャンルでも「時かけ」をはじめたくさんのヒットを飛ばした。さらに忘れてならないのが「霊長類南へ」であり、これはハチャメチャ劇の多い筆者の数少ないシリアスSFの傑作である。
 とにかくこの時代、国産SF以外の本をいっさい読まなかった。それほどはまってしまったのである(つづく)。

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管理人の文芸遍歴(1)

 これからわたしのお気に入りの小説家や詩人について、おいおい取り上げていくつもりだが、その前におおよそのわたしの文芸遍歴について語ってみたいと思う。
 幼い頃から本は好きだったので、子供向けの偉人伝や名作などを親に買ってもらっては読んでいた。その中でもっとも管理人の記憶に残り、今でも読み返す(もちろん当時は子供向け、今は原作どおりである)ものが2つ。ひとつは「江戸川乱歩全集」、もうひとつが「シートン動物記」だ。前者は、全40巻くらいあったと思うが、余りによみふけっているわたしを気遣ってくれた親が、新刊が出るたびに買い与えてくれたので全部読んでしまった。もちろん子供向けなのでわたしの愛する作家のひとりである乱歩独特の味わい深い語り口や妖しさや入れ子構造は存在しない。明智小五郎と少年探偵団を中心とする冒険活劇ロマンという感じだったが、すっかりはまってしまったわたしは「奇々怪々」などという日常ではとんとお目にかからない言葉をおかしげに使っていたくらいだ。「シートン動物記」のほうは、わたしに限らず多くの子供達が必ず読む名作ではないだろうか。もちろん大人になってからも、その魅力は変わらない。有名な「狼王」の話に限らず、胸がきゅうとなるような感動は、当時小学生だったわたしにはとても新鮮だった。そういえば、「ファーブル昆虫記」というのも、よく比較されて取り上げられていたが、まったく別物だとわたしは思う。シートンのほうは壮大なスケールで描かれた物語であり、ファーブルのほうは文字通り観察日記だ。わたしは後者にほとんど反応しなかった。
 さて小学生の最後の1,2年に知った最も大きな出来事は、「文庫本」との出会いである。それまでは、子供向けの本を読んでいたので、基本的に単行本だった。しかし、きっかけは忘れたがこの世には文庫本というものがあることに気づいたのである。そして文庫本というものは、原則大人/子供の区分けがなく、原作そのままの世界なので、小学生のわたしにとって限りなく「大人のにおい」がしたものだ。
 それでお小遣いをはたいて友人と共に買いまくり読みまくったのが、星新一のショートショートである。余りの面白さに抱腹絶倒。本棚はあっというまに星新一がずらりと並ぶようになった。そしてこのことがきっかけで、当時どのジャンルよりも勢いがあった国産SF作家の世界にのめりこんでいくのである。(つづく)

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