ジャンゴ・ラインハルト

 ジャンゴ・ラインハルト、ジプシー・ジャズギタリストの元祖である。Dr
 彼の左手の薬指と小指が事故によって動かない。そのために独自の奏法を編み出したというのは有名な話だが、この際そういう裏のエピソードはどうでも良いだろう。レコードを聴けば、ウエスモンゴメリーその他、ジャズの本場米国のジャズギタリストとは全く異なるいわゆるジプシー・ジャズの哀愁に酔いしれることになる。フラメンコやシャンソン、ボサノバなどにも言えることだが、ジャンゴのようにベルギー生まれのギタリストが奏でるフレーズや音色にはヨーロッパ独特の哀感がある。何が、と言われると難しいのだが、明らかに米国のジャズとは異なるのだ。ジャズギターだから、正確で速いピッキング、オクターブ奏法や絶妙のランニングコードストロークなどジャンゴの技術レベルは極めて高い。マカフェリというギターを愛用していたが、薄くかすれたアコースティックの音色が心にしみとおる。敬愛するロックギタリスト、ジェフ・ベックも尊敬するギタリストのひとりにジャンゴを挙げていたと思う。

 古い録音だから音質は悪いが、それがまた良かったりする。まだジャンゴのプレイを聞いていない人は、一番有名なアルバム「ジャンゴロジー」当たりから聞いてみると良い。ヨーロッパの哀愁を肌で感じることができるぞ~

| Comments (77) | TrackBack (0)

アルディメオラ

 アルディメオラは現在のわたしのギタテクに大きな影響を与えたギタリストである。この頃のわたしはオーソドックスなブリティッシュロックからプログレッシブロックに大きく傾倒した後、グラムロックやアバンギャルドなロックを経て、そろそろ他のジャンルに興味を示し始めた頃で、ちょうどバカテクのクロスオーバー(フージョン)が流行っていたこともあり、彗星のごとく現れた超ド級の速弾き男、アルディメオラを聞いてみようと思ったのである。
 最初に聞いたのが「エレガントジプシー」。Elegantgypsy
後にアコースティックに傾倒していく彼のエレクトリックギター時代のベストといえるアルバムだ。これで完全にはまってしまった。「リオ上空」で始まるジェット噴射のような高速ギタープレーでノックアウト。丁度、その少し前にマハビシェヌオーケストラの「火の鳥」でマクラフリンのジェットコースターギターを聞いた時と同じサプライズである。重要なことは速いだけではない。フレージングがスパニッシュで、従来自分が覚えてきたブルースを基本とするロックとはまったく異なる点だ。コピーしまくったが、今でもアドリブを弾くとどこかスパニッシュなフレーズになってしまうのは、ディメオラの影響である。
 このアルバムではパコデルシアの名前を知ったことも大きかった。「地中海の舞踏」は当時必死にコピーしたことを覚えている。この後、パコのCDにも大きく傾倒することになる。その影響度はフラメンコギターこの歳で習いにいったことからわかるだろう。
 わたしがディメオラのアルバムでエレガントジプシーと双璧と思っているのが、その後の「カジノ」である。Casino
「エレガントジプシー」の荒々しさは消えてしまったが、その分落ち着いた完成度を感じさせる。特にA面3曲目の「黒い瞳のタンゴ」はバンドでプレイしたことから思い入れが深い。名曲だと思っている。
 後期のアコースティックなディメオラももちろん好きだ。スーパーギタートリオももちろん好きだ。しかし、ほとばしるパワーという点では、エレクトリック・ディメオラの代表作であるこの2作がわたしにとって最高の作品である。

| Comments (112) | TrackBack (1)

「ロウ(Low)」by David Bowie~深夜の隠れタバコ

a-12
Low by David Bowie(1977) 「ロウ」は真の天才ボウイーの数ある傑作の中でも、未だに最高傑作だと確信するアルバムだ。1977年発表。ドラッグを中心に散々アメリカにかぶれた後ヨーロッパに戻り、ベルリンをアジトにしてイーノと怪しげな関係を築きながら麻薬中毒治療もかねて作成したのがこのアルバムである。
 このアルバムを聞くと、神戸の自宅で親に隠れてこっそり夜中に起きて煙草を吸っていた自分を思い出す。いや、慣れない煙草に自律神経が酔って少し歪んで見える窓からの夜景が目の前に浮かぶのだ。手元にはウィスキーもあった。高校生だったが何故か酒は解禁されていた。ただ煙草だけは御法度だったので、自分の机の引き出しに隠しておいたセヴンスターを毎晩1,2本こっそりと吸っていたのだ。
 中学生の頃からキング・クリムゾン(これはまた別項で)を初めとするブリティッシュ・プログレッシブ・ロックに深く傾倒していたので、余りメジャーな曲は聞いていなかった。だが当時やっていた渋谷陽一のFM放送は毎週必ず聞いていた。ある夜にかかった曲が、ボウイーの「Speed of Life」だったのだが、理不尽なシンセサイザの音とスカスカのバックに度肝を抜かれ、(煙草か酒のせいかもしれないが)聞いた瞬間に血管が沸騰し目の玉が十メートルくらい突き出てしまい、眼窩にしまうのに苦労した。早速翌日レコード店に買いに行き、その夜じっくりと聞いた。こうして始めてDavid Bowieという偉大な天才の存在を知ったのだが、その夜のことが今でも目の前に浮かぶ。以後、Bowieのレコードがわたしのロック・コレクションに連なることになるが、今でも5本指に入る大好きなミュージシャンの1人である。

さて、レコードのほうだが「ロウ」は生粋のボウイ・ファンから見れば、異端の問題作ということになるのだろう。実際、前作「station to station]までのボウイも非常に魅力的だが幾分ハードな要素はあるにしても繊細なメロディ・センスが前面に押し出され、過激さもグラムロックの域を出ていない。また次の「heroes」以降も素敵なのだが(要は駄作を創らないから天才なんだろう、どのアルバムも皆良いのだ)、「ロウ」で頂点に達した独創性が徐々に丸みを帯びて薄れていってしまう。だから、好みの問題はともかく、アヴァンギャルド度でいうとこのアルバムがボウイの作品のなかで突出している。はじめてボウイーのレコードを買う人は別のアルバムにしたほうが良いだろう。逆に初めてボウイのレコードを買ったのが「Low」だったわたしは、しばらくの間は彼がマイナーでマニア好みの前衛ロックミュージシャンだと思っていたのだ。それは大いなる誤解であることはいうまでもない。しかし、多分にポップな部分と多分にアバンギャルドな部分が気持ちよく融合できるのはデビッドボウイならではであり、やはりそこが彼の魅力でありアイデンティであろう。

「LOW」は、全11曲だがB面は全てインステュルメンタル。優れたシンガーでもあるボウイーの作品としてはそれだけでも異質だ。バックはドラム、ベース、ギター、ムーグ・シンセでイーノを加えた豪華メンバーなのだがまるで素人が生録しているような、厚みに欠ける白けたムードがあり、それがたまらなくデカダンでいい。ボウイーのボーカルは歌っているというよりは低音で喋っているだけ。歌の上手な人は下手に歌っても上手い(何を言ってるんだ?)。B面の環境音楽は、ヨーロッパの暗い陰を映し出す。特に好きな「Be My Wife」は歌詞だけ見ればわかる。ガキの歌詞のようなシンプルさ。歌詞も音楽も形容詞をそぎ落とすとこうなるって見本である。

ということでこの「Low」。ベルリンと聞くだけで、閉鎖された暗い世界をイメージするわたしの世代には余りにもショッキングだった。時代は変わったがベルリンはともかく、余りに音が分厚く凝りすぎている食傷気味の音楽が多い中、スカスカのスケルトン・ロックの真髄を聞いてみるのは如何?

| Comments (114) | TrackBack (1)

「危機」/イエス~ロックとの出会い

危機 (Close to the Edge) by Yes
closetotheedge_s

 Close to the Edge(危機)が、イエスの最高傑作であると考えるファンは大多数ではないだろうか。前作Fragile(こわれもの)で進化を遂げたイエスのサウンドはこのアルバムで頂点を極める。まさにハイテク・プログレッシヴ・ロックの代名詞となる演奏が展開される。特にA面を占めた20分に及ぶ表題曲は驚異的な演奏技術と構成力で聞く者達を圧倒した。プログレッシヴ・ロックを中心に多くの演奏を今まで聞いてきたが、演奏技術と曲の構成力、その両方が結合し昇華した点において、まだこの曲を越えるロックを聞いたことがない。
 実はわたしが洋楽に夢中になったのは。このアルバムとの出会いだった。当時は中学1年生だったが、それまでは吉田拓郎、井上揚水を始めとする和製フォークシンガーしか知らなかった(勿論かれらは今でも大好きなミュージシャンであるが)。ところがある日友人に「危機」のLPを貸してもらったことで、世界観が全く変わってしまったのである。分厚いサウンド、超のつくほど高い演奏技術、退屈な交響曲を越える緊張感に満ちた曲の構成力、それでいて美しいメロディ。
 腰を抜かす程驚いたわたしは、毎朝部屋でLP一枚聞いてから学校に出かけたものだ。ギターもアコースティックだけでなく、エレクトリックギターを始めたところだったので、早速コピーに精を出した。ハイテク奏法を聞き取るためには、何度も同じフレーズを繰り返し聞く必要があった。そんな具合だから、昼も夜も、授業中も頭の中でこの曲が鳴っていた。およそ3ヶ月くらいそんな状態だったのである。この3ヶ月でわたしの音楽世界が形成され、ギタリストとしての背景も確立したといえるほどだ。
 つまり、このアルバムがわたしの音楽との関わりの原点である。同世代の多くの人達は、ビートルズを洋楽の原点とし、そこから人によって亜流に流れて行くが、わたしの場合はこの曲からスタートするという異質なものだった。以後どっぷりとイエスを系譜とするプログレッシヴロックにはまることになり、そのために高校時代はロック好きの仲間とバンドを組んだりしたが、趣味を合わせるのに苦労した。何せ実際にビートルズやストーンズを聞いたのは大学生の頃から、という変わり者だったのである。
 このアルバムはそうした自己の音楽観創世記を思い出させる。また、ギターを弾くたびに始めてコピーしたフレーズの感触が今でも指先に蘇るのである。

| Comments (95) | TrackBack (1)