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国産SFにはまる

 1970年代は国産SFの黄金期だったと言えよう。
 もともとSFそのものはヴェルヌでありボークトでありクラークであり、少年時代から大好きで読んではいたが、中坊のころに星新一と出会ってから、国産SFにどっぷりとはまってしまい、まったく洋物を読まない時期があった。星新一のショートショートを読み尽くした後は、筒井康隆、小松左京、豊田有恒、平井和正、眉村卓、半村良…数えるときりがないくらいのSF作家の本を読みまくった。SFマガジンという月刊誌を読んでいることはわたしたちの友人同士では暗黙の了解だったほどだ。
 この時代は、漫画やテレビアニメにもSFが台頭してきた時代で、それまでは巨人の星やあしたのジョーやアタックNO1だったところに、「宇宙戦艦ヤマト」が登場して視聴者はみなぶっとんだ。巨匠手塚治虫は別格としても、石森章太郎、松本零士、諸星大二郎等々、少年少女を問わずSFが題材として取り上げられることが多くなった。
 
 そんな中で、わたしが最も影響を受けた作家のひとりが平井和正である。特に「ウルフガイ」のシリーズは大好きで新刊が出ると即日買って読んだ。このシリーズには少年犬神明を主人公とするものと、アダルトな探偵犬神明を主人公とするものがあったが、どちらもわたしは大好きだった。まだ子供だったわたしには、濡れ場シーンの描写はどきつかったが、大人への扉の前に立つ少年としてはそれもまた魅力のひとつだったのだろう。
 また小松左京も好きだった。大ベストセラー「日本沈没」で一躍有名になったが、このひとの小説の構成力や文才は松本清張クラスだとわたしは思っている。社会派SFが得意だったが、個人的には「復活の日」が最も好きな小説である。
 筒井康隆に関しては今さら言うまでもない。当時から現在にいたるまで、わたしが大好きな数少ない作家のひとり。国産SF黄金時代にはまだ新人っぽい初々しさがあったが、独特のブラックユーモアとドタバタを全面に出した作風は当時から存在した。そして、ジュブナイルSFのジャンルでも「時かけ」をはじめたくさんのヒットを飛ばした。さらに忘れてならないのが「霊長類南へ」であり、これはハチャメチャ劇の多い筆者の数少ないシリアスSFの傑作である。
 とにかくこの時代、国産SF以外の本をいっさい読まなかった。それほどはまってしまったのである(つづく)。

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