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純文学にはまる

 わたしが純文学にのめりこんだのは高校生の頃からだ。中学まではSFやミステリーなどエンターテイメントばかり読んでいた。なぜか理由はわからないが、高校生の頃に実家の神戸から東京に出ていて下宿生活を送っていたときに、純文学にどっぷりとはまった。
 おそらく人生で最も本を読んだ3年間だったと思う。当時の日記を読み返すと、夏休みには一日に1冊以上読んでいた。下宿していた家に内外問わず多くの文学全集があったこと、阿佐ヶ谷の近所に貸本屋があって文学が充実してたこと、それから住み慣れない東京で友人がおらず、スポーツも外での遊びも一切興味がなく家に閉じこもるのが好きだった自分の性格にもよる。
 このころ日本文学はいわゆる明治大正昭和初期の文豪たちを片っ端から読んだ。芥川龍之介、森鴎外、夏目漱石、志賀直哉、太宰治、三島由紀夫、川端康成、梶井基次郎…。
 海外文学は、ロシアとフランス文学が好きだった。ドストエフスキー、チェーホフ、カミュ、カフカ、モーパッサン、スタンダール、バルザック、フロベール…。
 詩人も好きで、日本だと萩原朔太郎と中原中也、外国だとボードレエル、ランボー、キーツを好んだ。
 しかし何と言っても、圧倒的な影響を受けたのは芥川龍之介である。当時古本屋で全集を買ってどっぷりとはまったわたしは、ここまでの人生において何度か全集を買い換え、何度も読み返していて、そんな作家は彼以外にいない。何が好きかと言われると困ってしまうのだが、落語の小話のような機知と面白さ満載の前期、神経症的な憂感が支配して話らしい話もなく展開する後期、両方とも大好きである。何よりも、短編作家であるところがわたしの好みにあっていたようだ。ドストエフスキーも好きなのだが、彼のような大長編作家を好みのは珍しくて、長くても文庫本1冊に収まるくらいの作品しかわたしは普通読まない。でも本当に好きなのは、センス溢れる小品、傑作よりも佳作と呼ばれるタイプの短編小説なんである。
 好みの短編作家としては、日本では太宰や志賀直哉、梶井基次郎、外国ではモーパッサン、チェーホフというところ。芥川を例外とすれば梶井基次郎と志賀直哉の作品は数は少ないけれども今も大好きである。
 
 芥川にその他の作家については機をみてまた語ってみたい。
 

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興味深い内容で、とても楽しく読ませていただきました。 [Read More]

Tracked on March 03, 2006 08:27 PM

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